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ロサンゼルス・タイムズが今朝(現地12月16日)に伝えたところによれば、故オードリー・ヘップバーンの代表作である映画史上の永遠の名作「ティファニーで朝食を」(1961年)や、ジャック・レモンが主演した「酒とバラの日々」(1962年)、そして、コメディ映画の大ヒット・シリーズ「ピンク・パンサー」の生みの親として知られる、ハリウッドの伝説的映画監督ブレイク・エドワーズさんが、昨日12月15日(水)の夜に、カリフォルニア州サンタモニカのセント・ジョンズ・ヘルス・センターにおいて、妻の大女優ジュリー・アンドリュースさんをはじめ直近の親族に看取られながら、肺炎の合併症により、お亡くなりになられました…。享年は88歳でした。




ラジオのリスナーが現実の出来事とカン違いし、全米をパニックに陥れた…!!といった逸話で知られるオーソン・ウェルズが1938年に放送した有名なラジオドラマ「宇宙戦争」の台本を執筆したことで一目置かれたブレイク・エドワーズさんは、その後、活躍の舞台をTV・映画に移し、そもそもはジョン・フランケンハイマー監督(「ブラック・サンデー」1977年)がマリリン・モンローを主演にして作るはずだった、前述のトルーマン・カポーティ原作「ティファニーで朝食を」に、故オードリー・ヘップバーンを起用して大成功をおさめ、同映画のホリー・ゴライトリーのイメージが今日においても、ファッション・アイコンの定番として、映画を離れて、ひとつのカルチャーになっていることは、映画ファンならずとも、万人が知るところだと思います。
また、その後、1963年に発表した「ピンクの豹」からスタートした、故ピーター・セラーズ演じるジャック・クルーゾー警部を主人公とするコメディ映画「ピンク・パンサー」シリーズも、そのタイトル・キャラクターのピンクの豹が映画を離れて、一般化したキャラクターとなっていますね。
そのように近代のカルチャーに大きな影響の足跡を遺したブレイク・エドワーズ監督は、都会的に洗練されたセンスの軽いタッチのドラメディを得意とし、1979年にはダドリー・ムーアを主演に起用した「10」を大ヒットさせました。


が、一方で、1969年に結婚した2人めの妻である大女優ジュリー・アンドリュース(「サウンド・オブ・ミュージック」1964年)さんとの仲むつまじいおしどり夫婦ぶりとは裏腹に、夫婦で共作した「S.O.B.」(1981年)や、「ビクター/ビクトリア」(1982年)の評価は、あまり芳しくなく、80年代から勢いを失速し、テレビ俳優のブルース・ウィリスを主演に抜擢した「ブラインド・デート」(1987年)もパッとせず、エレン・バーキンが主演した「スウィッチ」(1991年)、「ピンク・パンサーの息子」(1993年)以後、90年代前半から実質的に引退状態となり、余生を過ごすような格好となっていました。




何度観ても、ラストシーンで泣けてしまう「ティファニーで朝食を」で、日本人をバカみたいに描いて、笑い者にしたことを生涯にわたって後悔していたブレイク・エドワーズ監督ですが、それを補って余りある名作映画を遺してくれたのだから、もう、つまらないことは気にせず、安らかに天国で「ムーン・リバー」を口ずさんでいただければ…と願います。
「ティファニーで朝食を」を作ってくれて、本当にありがとうございました。





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